横浜フランス映画祭 2024 マスタークラス「フランスの若手俳優がキャリアと映画を語る」
実施日:2024年3月23日(土)15:00~
ゲスト:ヴァンサン・ラコスト(『愛する時』俳優)
開催場所:横浜市立大学 みなとみらいサテライトキャンパス
毎年、フランス映画祭の会期中に行われているマスタークラスは、フランス映画祭の来日ゲストが登壇し、大学生に向けたセミナー形式のトークイベントを実施。今回のゲストには、現在のフランスでトップの実力と人気を誇るスター俳優で、今年の横浜フランス映画祭 2024オープニング作品となった『愛する時』に出演するヴァンサン・ラコストが登場。日本の若者に向け、キャリアと映画について語る機会となった。
1993年フランス・パリ生まれのラコストは今年で30歳。「1回目は2018年、バカンスで来た京都で、フランスがサッカー(FIFAワールドカップ)で優勝したのを見てました。その次は『アマンダと僕』で2019年のフランス映画祭に来て、今回が3回目の来日です」というラコストは、子ども時代を「父は法律家、母は医師会の事務所で働いていたので、中流階級の出身。学校でも普通の子でした。小さい頃はどちらかというとシャイで、俳優になるなんて考えられなかった。あまり習い事はしていなかったけど、絵は好きでしたね。バンド・デシネや「タンタンの冒険」「ドラゴンボール」なんかが好きで、よく絵を描いていました。それとスケートボードも好きなので、スケボーをやっている人をマンガで描いたりもしてましたね」と振り返った。
そんな彼が映画の世界に飛び込んだのは14歳の時のこと。バンド・デシネ作家 リアド・サトゥフの初監督作となる2009年作『いかしたガキども〈未〉』が映画デビュー作となった。「中学生の時に、食堂に女の人が来て。オーディションがあるから受けてくださいと紙を渡されたんですけど、僕なんかが受かるはずがないと思って行かなかったんです。でも友だちがその時の審査に受かって、2次審査に呼ばれたんです。彼が受かるなら僕も受かるんじゃないかと思って一緒に行くことになったんですけど、結果的に僕の方が採用されてしまい、友だちは落ちてしまいました」と振り返ったラコスト。もともと映画も好きだったということで、「両親が読書や音楽など、わりと文化的なものが好きだったので、映画も好きだったんです。だから自然とその趣味は受け継がれていたと思います。でも僕自身はティーンエイジャーだったので、『スカーフェイス』みたいなマフィアものを見ていました」という。
そんなデビュー作の場面写真が会場のスクリーンに映し出されると、「実はこの時の顔はあまり好きじゃないんですよ」と明かしたラコスト。「ちょうど撮影の前に歯の矯正が終わって。やっと歯の矯正器具が取れたばかりだったのに、またやってほしいと言われて。またニセモノの針金を入れることになってしまった。カッコいい中学生の役がやれると思ったのに、カッコ悪い役だったので。これは恥ずかしいなと思って。本当に逃げようかと思っていました」と述懐。さらに歯の矯正器具のほかに、つくりもののニキビもほどこされたとのことで、「毎朝行くとニセモノのニキビをつけられるわけです。映画の最初の方ではニキビがひどくて、だんだんかさぶたができて、そしてニキビがとれるという。ある意味、ニキビの物語だったわけですね」という。
だが、はじめての撮影現場ということで、サトゥフ監督からは「演技の仕方を教えてもらいました」という。「たくさんリハーサルをしたんですけど、最初はちゃんと演技をしないといけないと大げさに考えていて。ギャングのしゃべり方を覚えてやっていたんですけど、監督からは『もっと自然でいいんだ、何もしなくてもいいんだよ』と言われて。カメラの前で、自然に演技をすることを教えてもらったんです。やはりはじめての演技だったので、たとえば『サルのマネをしてみてください』『サルの感情を考えてみましょう』といったことを言われて。何回か練習をしたことを覚えていますね」。
さらに母親役のノエミ・ルヴォヴスキからも多くの学びを得たという。「彼女は直感的な女優さんなんで、大げさに演技をせずに、自然に演技をすることを教えてくれました。たとえばこの映画でなく、次の映画で共演した時だったんですけど、吐くシーンはどうやったら自然に吐けるようになるんですか、と尋ねたら、『コーヒーに塩を入れればいい』と教えてくれました。あれは本当に吐きたくなるんですよ」と楽しげに明かすラコスト。
そんなデビュー作は高く評価され、セザール賞の有望若手男優賞にノミネートされることとなった。「映画がフランスで成功することができて。セザール賞にまでノミネートされたというのはおまけみたいなもんだったんですけど、それでも自分がやった仕事が認められるというのは本当にうれしいことで。最初は偶然から入ってきた映画の世界でしたが、そこから僕の人生も変わっていきましたね」。
そうやって俳優として成功をおさめたラコストだったが、フランスの大学に入学するために、高等学校教育の修了を認証する国家試験であるバカロレアを取得している。学業と俳優業の両立は大変だったというが、それでもやろうとした理由として、「学校に行くのは必然でしたし、バカロレア試験を受けるのも必要だったと感じています。やはりやり始めたからには最後までやりたいと思っていましたから。勉強自体はとても苦手でしたし、俳優でバカロレアを取っている人もすくなかったんですけど、両親からも高校を卒業して、大学入試試験まではやりなさいと言われていましたし。それからサトゥフ監督も背中を押してくれて。2作目の映画に出演する条件としてバカロレアを取ることだよと言ってくれたので。僕の人生を駄目にしないために、みんなが考えてくれたということだったんですよね。ただ、大学の資格試験を受けるために勉強をしなくてはならなかったんですが、その時、ハンガリーで映画の撮影があって、学校に行けなかったので。家庭教師がついて勉強していました。そして試験を受けるために、撮影を中断して帰ってきた、ということがありました」と振り返った。
その忙しい時期に撮影していたのが、女優のジュリー・デルピーの監督作となる『スカイラブ』だった。「確かこの時はフランス語の試験があった頃だったと思います」と振り返ったラコストは、「キャリアの最初の方では、とにかく俳優をやりたかったので、来る仕事は何でも受けていたんです。だから来る役というのも、軽いコメディ作品が多かったんですけど、『スカイハイ』では、ジュリー・デルピーが自分の世界を持っていたということがあって。そういう作家性のある監督について、そのビジョンに合わせて演技をするというのが気持ちいいんだということに気付いて。それからは監督によって出たい映画を決めるようになりました」。
そしてその後も『ヒポクラテスの子供達』『ジャッキーと女たちの王国』『ヴィクトリア』『ソーリー・エンジェル』『アマンダと僕』『Mes jours de gloire(原題)』『幻滅』など、彼がこれまで出演してきた映画と、個性豊かな監督たちとのエピソードを次々と披露するラコスト。「男性、女性関係なく、作家性の強い映画監督とずっと仕事ができたら。それでいて、(『ヴィクトリア』でタッグを組んだ)ジュスティーヌ・トリエの『落下の解剖学』のように、一般の方にも観てもらえるような作品に出られたらいいなと思っています」と今後出たい作品について語ると、日本の監督について、「自分としても黒沢清監督、濱口竜介監督の映画も好きなので。日本の映画はすごく好きですし、外国でも撮影をしてみたいと思っています。まずはやはりフランスでいい演技をして。その作品が外国で紹介されて、外国にいる監督がオファーしてくれるといいなと思っているので。そういう提案があることを期待したいと思っています」とコメント。
そして今回の横浜フランス映画祭のオープニング作品『愛する時』が人生で初のフランス映画となった、という横浜市立大学の学生から、「はじめてフランス映画に触れる日本の学生にメッセージを」というリクエストも。それには「映画を観るということは、自分を豊かにしてくれることだと思います。フランス映画には、多様な映画がありますので、ぜひ日本のお客さまにも、海外のお客さまにも観ていただきたいと思っています。映画を通して外国を見るということは、その国の文化、風習、人の考え方などを学ぶ手段だと思うんです。自分とは違うメンタリティーを学ぶ場でもありますし、それを学んだ自分自身がまた豊かになっていくものだと思います。映画が好きな人は人間をより深く理解したり、考え方が広がったり、グローバルな視点を持つようになるのではないかと思うんです。まさに映画を見るということは、安く旅ができる手段でもありますので、ぜひ映画を観ていただけたら」とメッセージを送った。