実施日:2024年3月22日(金)16:00~
登壇者:マルタン・プロヴォ(監督)、ヴァンサン・マケーニュ(キャスト)
開催場所:横浜ブルク13
冒頭の挨拶でマルタン・プロヴォ監督は「ボナールは“ジャポナール”と言われるくらい日本の影響を受けている画家。彼の映画を持って日本に来られたことはとても意味がある。とてもうれしいです」と笑顔。拍手いっぱいの大歓迎にヴァンサン・マケーニュは「日本が大好き。そして日本の映画も大好きです。日本の映画を通して日本を知っています!」と日本好きをアピールした。
ステージにはサプライズとして本物のボナールの絵画も登場。1972年に購入され箱根ラリック美術館所蔵 ボナール「LA RUE《通り》」がなんと50年ぶりにお披露目という貴重な機会となった。国立近代美術館のピエール・ボナール研究家横山氏によると、この絵画は1889年に描かれた作品。プロヴォ監督もすかさず「ボナール初期の作品。マルトと出会う前の作品です!映画にも出てきたナビ派を結成した直後に描いた作品!」と興奮気味に解説。50年お披露目されていなかった作品のため「初めて見た」という横山氏は「20世紀に入ったボナールの作品は鮮やかなカラーや細やかなタッチが特徴ですが、この作品では平面的な色の面を重ね、モザイクのような効果が生まれています」と説明。さらにボナール作品の特徴である、絵の縁(ふち)に描かれた人物について、「それはしばしばマルトの顔であることが多いのですが、すぐには分からない形で人物の絵を(画面の縁に)描き込んでいます。その描き方をこんなに初期の頃からやっていたことにとても驚いています」と初期のボナール作品との出会いの感動を語った。
Q&Aの1問目はボナールとマルトの役作りへの質問。マルト役のセシル・ドゥ・フランスとの映画作りの感想を問われたマケーニュは「質問に答える前にひとつ…」と切り出し、「1年前にカンヌで上映して、いろいろなところで映画をお披露目してきました。最後の地が日本になるというのはすごく感動的なものがあります」としみじみ。「ましてや、本物のボナール(作品)と一緒に!私たちにとって、とても歴史的な日です」と胸に手をあてマケーニュがぺこりとお辞儀すると、会場は大きな拍手に包まれる。続けて「セシルとの準備はとてもうまくいきました」と微笑み、「監督とセシル、僕との3人でセリフの読み合わせをした時に、マルトとの関係、カップルの関係、忠誠を誓いながらゆるし合いながら一緒に生きる選択をすることについて感動的に読んだのを思い出しました」と読み合わせの様子を振り返った。日本が大好きだというマケーニュだが、日本のファンもマケーニュが大好き。ファンからの「どんどん人気が出ているフランスの俳優さんの一人。今後、もっと人気が出ていて、忙しくなってもまた日本に来てください」とのリクエストに「(日本が大好きだけど)まだ、東京と京都しか知りません。地方にも美しい場所がたくさんあると聞いているので、行ってみたいです。また戻ってきたいです!」と宣言すると、会場はより一層大きな拍手でいっぱいになった。
ボナールへの印象の変化を問われると「絵は何回も見ていたけれど、画家としてのボナール(本人について)は知らなかった。シナリオを読んで準備をしながら絵の見方を学びました。画家として何を描こうとしていたのか、何を表現しようとしていたのか、マルトと出会って絵がどのように変化していくのか。絵の中の美しさもおぞましさも感じてもらえるように、と教えてもらったような気がします。恐れずに絵を見ることができるようになりました。内側を捉えることができたと思います」とボナールを演じることにより“絵の見方”に変化があったと明かしたマケーニュ。また、ボナールの絵に囲まれての映画のプロモーションを通して「アートを生きる」ということを映画で学んだとも話した。
さらに「プロモーションの時には言ったことがなかったけれど…」と前置きしたマケーニュは「映画の時は監督とボナールの精神について何度も話し合いました。今日は本物の絵を見てここに立っていることを魔法のように感じています。まるでボナールがここにやってきたような感じ。オルセー(美術館でのプロモーション)の時よりも、魔法が起きている感じがします」と本物の絵が持つ力を感じている模様。「日本でこんなことが起きるなんて!」と改めて、奇跡のような貴重な機会に満足といった様子のマケーニュは「ボナール本人の精神がやってきたような気がしています!」とよろこびを噛み締めていた。
作品に込めた思いについてプロヴォ監督は「15年前に『セラフィーヌの庭』という画家をテーマにした映画を作りました。それを観たボナールの姪の娘さんから、大叔母のマルトは美術史の中で重要視されていないので、ぜひ映画を作って欲しいと言われました。画家の映画をまたやるのは正直嫌だなと思い、断ったのですが…(笑)、映画に出てくる川の中で喧嘩をするシーンは実は僕の家のすぐ近く。ピエールとマルトが実際に住んでいた場所(の近く)なんです。(月日が流れ)コロナ禍にふと窓の外を見た時に、飛行機も飛んでいない、車も走っていない、まるでボナールの絵みたいだと思ったのがきっかけで本を取り出したところ、『昼食』という作品を見かけて。そこで気になったのはボナールの絵では人の目がぼやっと描かれていること。そういったことを追求する中で映画を作りたいと思うようになりました」と映画のきっかけになった出来事、その詳細を丁寧に報告。さらに、「カップルを描きたいという思いもありました。シナリオを書いて、ボナールの行動(の意味)が実際に分かるようになりました」とボナールへの理解度の変化にも言及した。
映画を作るにあたり、大切にしていたこと、伝えたいことについてマケーニュは「監督には正確度を高めたいという考え方がありました。例えばボナールは毛があまり濃くないので、全身剃るようにと(笑)。またボナールは痩せていたので、痩せるようにとも言われました。歳をとったら偽の皮をつけるので(肌をシワシワにする演出)膨らんでしまう。だからさらに痩せなきゃいけなくて…。これらは例に過ぎないけれど、痩せたり、毛を剃ったりすることで、作品に入り込むことができました」とコメント。さらにプロヴォ監督の住む場所がボナールの住んでいた場所に近かったことにより、ボナールの世界観に自然と入り込むことができ、彼のエネルギーに見合った精神の表現ができたと充実感を滲ませた。Q&Aの最後にプロヴォ監督は改めて、本物のボナールの絵と一緒にトークができたことに感謝。続けて「フランスの美術館は絶対こんなことしない!」と笑い飛ばしながら、「すごくいい思い出になりました。映画がみなさまの手元に気持ちと一緒に届けばいいなと思っています」と笑顔で締めくくった。