『あのこと』上映後Q&Aレポート
上映日:2022年12月2日(金)14:00
ゲスト:オードレイ・ディヴァン(監督)、アナマリア・ヴァルトロメイ(出演)
MC:矢田部吉彦
通訳:岡本和子
12月2日(金)kino cinéma横浜みなとみらいにて『あのころ』の上映後、ゲストを迎えてのQ&Aが行われた。
登壇したのはオードレイ・ディヴァン監督(右)、主演のアナマリア・ヴァルトロメイ(左)の2名。『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞に輝くポン・ジュノ監督が審査員長を務めた2021年ヴェネチア国際映画祭での金獅子賞をはじめ世界の映画祭を席巻した本作について語った。
はじめにMCから来日しての印象を訊かれると、劇場公開が始まってのタイミングで取材が立て込んでいるようでディヴァン監督は「ホテルからほとんど出ていないのでホテルの印象しかないの」とのこと。すると、苦笑い気味でアナマリアも同意して、会場は和やかなムードに包まれてQ&Aはスタートした。
本作は、本年度ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーが自身の実話を基に書き上げた「事件」が原作。まだフランスで中絶が違法であった1960年代、望まぬ妊娠をしてしまった大学生のアンヌの決断と闘いの12週間が描かれる。
まず、この原作の映画化しようと思ったきっかけを尋ねられたディヴァン監督は自身が中絶経験者であることを告白。いつからか中絶をテーマした小説を探していた中で、この小説に出会ったそうだ。「初めて手にしたときは、正直なところ時代背景などを知らず、ちょっとスリラー小説のようにも感じた」ということだが、改めて読み直して映画化に踏み出したという。
今年6月に、アメリカの連邦最高裁判所が「中絶は憲法で認められた女性の権利」とする49年前の判断を覆したことをきっかけに世界で中絶の問題は大きな関心を集めている。このことについてディヴァン監督は「中絶が合法化されている国もあれば、違法の国もある。合法化されていても、(実際に中絶した女性が)批判を浴びる国もある。フランスでも中絶に反対している人もいる。ほんとうにいろいろな意見があることを痛感しました」と語り、「いま、アメリカとポーランドで中絶が違憲である判断が下されましたけれども、そのこと自体をわたしは悲しく感じています。時代がまったく変わっていないことを感じています」とその複雑な心中を明かした。
一方、望まぬ妊娠で窮地に立たされるアンヌは、役者としてはひとつ覚悟が必要となる難しい役。MCに「演じるのに勇気のいる役だったと思うが?」と問われると、アナマリアは、「フランスで中絶が禁止されていた時代があることを、この作品にかかわるまで知りませんでした。自分の無知だったことを思い知らされて衝撃を受けました」と語り、「知的な欲求や官能的なことへの好奇心など、いろいろな人生の選択を迫られるアンナの揺れ動く心情がひじょうに緻密に書かれていると思いました。この脚本に惚れこんで出演を決めました」とためらいはなかったことを明かした。
そのアンヌを演じる上ではディヴァン監督とアナマリアは二人三脚で作り上げていったようで、監督は「わたしはあまりリハーサルを重ねることが好きでありません。即興性が失われてしまうので。なので、アナマリアとはいろいろと共通の映画言語をみつけるために、参考になる作品を一緒にみたり、事前準備の段階で同じ時間を共有して、いろいろと話し合いました。そして撮影に臨み、作品を撮っているときは手と手をとりあってやった感触があります」と語った。
さらに会場から時代背景などの一切の説明をしなかった点について質問が飛ぶと、ディヴァン監督は「あえて説明することをせず、アンナを追っていくことで、追体験するようにその時代の状況や、その当時の中絶の現実を感じてもらいたかった」とその演出意図を明かした。
また、アンヌの母親を演じているのは、フランスを代表する女優のサンドリーヌ・ボネール。会場からは彼女の印象についての質問も出た。
ボネールの印象について共演したアナマリアが、「彼女はこれまでいろいろな名監督と仕事をしている。(お芝居に関しては)ひじょうに高いレベルのものを要求してくる人です。でも、ひとりの人としてはとても優しい人です。わたしにとってはお手本となる女優で、今回、彼女から多くのことを学びました」と語ると、ディヴァン監督が「彼女はものすごく優しい人。ただ、(演じることについては)常に真実を追求していく。真に迫ることを妥協しない女優です。今回、劇中でアンヌをひっぱたくシーンがあります。わたしは監督として何度かテストをしたほうがいいと思って、ボネールに聞いたんです。『テストしましょうか?』と。すると彼女は『1回でいける』とのこと。それで本番になったのですが、ものすごい音がした。彼女はに本当に本気でひっぱたいていた。これにはわたし自身がびっくりしてしまいました。そういうわたし自身が驚かされることで撮影中に失敗して、もう1回リテイクになったことが何度かありました(苦笑)」と続け、名女優の意外なエピソードが明かされた。
こうしてあっという間に30分のQ&Aは終了。オードレイ・ディヴァン監督、アナマリア・ヴァルトロメイともに楽しかったようで最後まで集まった観客に手を振り、会場を後にした。
上映会場となったkino cinéma横浜みなとみらい