『シノニムズ』上映後Q&Aレポート
上映日:2019年6月23日(日)11:00
ゲスト:ナダヴ・ラピド(監督)
MC:矢田部吉彦
通訳:山田紀子
6月23日(日)イオンシネマみなとみらいにて『シノニムズ』上映後に、ナダヴ・ラピド監督によるQ&Aが行われた。
本作は第69回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した注目作。イスラエル出身のラピド監督が、自身の経験を基に、生まれ故郷を離れ、他国へ移住することの難しさをシニカルかつユーモアを交えて描いている。
冒頭、ラピド監督が本作で主人公のヨアヴ役を演じたイスラエル人俳優のトム・メシエールに似ているが…」とのMCからの指摘に対し、監督は「ありがとうございます。自分ではまったく似ているとは思っていなかったので、褒め言葉として受け取りたいと思います」とコメント。さらに「フランス映画祭の出品作ではありますが、自分は100%イスラエル人です」と明言した。
イスラエルには徴兵制度があることから、ラピド監督自身も「高校を卒業してから3年半、国境近くでハードな兵役生活を送った」と明かし、兵役を終えた後は「出身地のテルアビブで、何事もなかったかのように普通の生活を取り戻し、作家として短編小説や雑誌の記事を書いて過ごしていた」と振り返る。
しかし、1年半ほど過ぎた頃、「ある日突然、ジャンヌ・ダルクが天の声を聞いたように“自分の魂を救うためには、この土地を去って、二度と戻ってきてはいけない”という衝動に駆られた」というラピド監督。なんと、その10日後にはパリのシャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、「イスラエル人としての自分は、もはや死んだものとして、ヘブライ語も今後一切喋らず、イスラエル人の知人とのコンタクトも一切止めた。2年半の間、パリでありとあらゆることをしながら、フランス人に成り切る為にサバイブ生活をした」と、衝撃的な事実を告白。「映画化するにあたってはもちろんフィクションも含まれるが、自伝的な要素がかなり大きな割合を占めている」と明かしていた。
観客から、昨年日本でも公開されたイスラエル映画『運命は踊る』などを引き合いに、「近年、イスラエルが抱える政治的な矛盾をテーマに映画を製作する作家が増えているのか」と問われた監督は、「海外で公開されている作品にそのような内容のイスラエル映画が多い傾向にあるようだが、実際にイスラエル国内で上映されている作品の中には、大衆的なコメディ映画やロマンチックコメディなども沢山ある。それらの作品においては、一切イスラエルに対する批判は描かれることはありません」と解説しつつ、「表現活動をするアーティストにとって、自身を取り巻く環境に対して問題意識を持つ、自問自答することは、極めて自然なこと」だと持論を述べた。
さらに、ラピド監督は「本作のヨアヴを例外として、どんなに勇敢でマッチョで強い人であっても、自分たちが暮らすイスラエルに対しては何も疑問を持たずに生活している人々が大半」だと語り、本作を通じて「イスラエルの現状を批判して、新たな解決策をもたらそうとした訳ではなく、近年イスラエルに横行する“何も疑問を持たずに生きている人たち”に向けて、警鐘を鳴らしたかった」と製作の意図を説明した。
映画の冒頭、ヨアヴがシャワーを浴びている最中に、何者かに部屋に侵入されて、持ち物をすべて盗まれるというショッキングなエピソードが登場するが、これについては「自身の体験ではなく、人づてに聞いた話」だという。
「その後、絵にかいたようなフランス人カップルに助けられて、まるで地獄から天国に行って新たに生まれ変わるかのような場面が象徴的に描かれている。そこが果たして本当に天国であったのかどうかは、いま皆さんにご覧いただいた通りです(笑)」と、その後、ヨアヴに待ち受ける運命を目の当たりにしたばかりの観客に向けて、目配せしていた。
そして最後に「“アイデンティティとは何ぞや”という疑問を投げ掛けるこの作品は、決してイスラエルやフランスだけに関わることではなく、いかなる国の人たちにも共通して言えることだと思います。どんな国も決して完璧なわけではなく、暴力的な側面や偽善的な部分といったものが存在します。自身のアイデンティティを完全に捨て去ることは出来ないのです」と会場に語りかけたところで、惜しくもタイムリミットに。監督から繰り出される密度の濃いトークに多くの観客が魅了される中、Q&Aは幕を閉じた。